消えゆく白塚タオル
「明治35年〜37年にかけて白塚に織物工業がおこり
6工場が操業,白塚タオルは有名になった(津市史)」

2002年3月 白塚タオルの工場として最後まで残った1軒が
         ついにその灯火を消すことになります。

 明治,大正,昭和と地場産業の一つとして栄えた白塚タオルの
記憶を残すため,廃業間近の工場を訪ねました。   (伊東)

 最後の一軒となったのは江藤タオルさん。
看板下に見えるクリーム色の扉のおくが
工場になっています。
 現在は江藤久義さん(74)が経営。創業時
から数えて3代目に当たるそうです。
 およそ100年ほど前の創業ですから,白塚
タオルの始まりの頃から続いてきたということ
です。
 かくしん織機という機械の前で江藤さんの奥
様が仕事をされていました。
機会は全自動で,縦糸や横糸が切れると自動的に
機械が止まり,ランプが点灯することで止まった原
因を知らせてくれます。この日は3台が動いてい
ましたが,一人で作業をしていても十分間に合っ
ていました。

これらの機械は,廃業後は外国で使われるそうです。
タオルは,1度に6枚の幅で織られていきます。
おりあがると,カッターで自動的に切られ,タオル
に仕上がっていきます。上の写真で黄色く見える
のがカッターです。普段工作用として使っている
おなじみのカッターが使われていました。
糸を集めて機械にかける縦糸を作る道具です。弦楽器のような美しさでした。
しかしもう,この工場で使われることはないということです。
古い時代には,動力を天井に設置したベルトで各機
械に伝えていました。そのなごりが残っていました。
この白いものはクモの巣ではありません。綿糸を扱う
ことでまいあがる綿の繊維くずです。


ジャガード織りとよばれ
タオル地に模様を付ける
ための道具です。
このような穴あきの道具
は西陣織の機械織りなど
でも見られます。


原料の綿糸は,昔は国内産
だったそうですが,今は外国
からの輸入になっています。
インドネシア,パキスタン,
ウズベキスタン,中国などだ
そうです。
できあがった製品は,問屋を通じて全国へ売られていきます。問屋では各ブランドのタグが縫いつけられるの
で,消費者の手に渡るときには白塚タオルという名は見られないそうです。